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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和31年(ワ)44号 判決 1957年2月13日

原告

南利定

被告

平藤次郎

外三名

主文

被告等は原告に対し連帯して金十五萬九千三百七十円及びこれに対する昭和三十年八月十七日からその支払がすむまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担、その一を被告等四名の連帯負担とする。

第一項に限り原告において被告等に対し各金五萬円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一、原告の求める裁判

「被告等は原告に対し合同して金百萬円及びこれに対する昭和三十年八月十七日からその支払のすむまで年五分の割和による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言

第二、(略)

第三、原告の主張

一、被告平藤次郎(以下被告藤次郎という)と同平やす(以下被告やすという)とは夫妻、同平勤(以下被告勤という)同平重寿(以下被告重寿という)はいずれも右被告藤次郎夫妻の間の子である。

二、被告等は昭和三十一年八月十六日午后十時頃共同して原告に対して何の理由もなく次の通りの暴行を働いた。

即ち原告は当夜他から借用して所持していた懐中電燈が故障のためつかなくなつたので、その修繕方を依頼すべく被告藤次郎方に赴いたところ、被告勤が原告ののど首をしめつけたり原告の顔面を手拳で乱打し、引続き被告やすが原告を背后からだきしめて原告の手足の動作を封じた上で、被告藤次郎同勤が原告を乱打し、次いで被告等四名で原告を数十回殴打した。

三、右の通りの被告等の所為により、原告は(1)その当時双眼がくらみ口腔内に出血を来たし、顔面が黒色になつてはれ、昏倒しそうになつたばかりでなく、(2)その後新宮市民病院で診察を仰ぎ又同市登坂丸尾眼科病院で入院等の上加療を受けたが、左眼失明の結果を見るに至つた。

四、以上により原告の蒙つた損害は次の通りである。(1)右失明により、(イ)原告が生涯不具者として忍受せねばならない苦痛は慰藉料金五十萬円の支払を得て僅かに償い得るものであるし、(ロ)原告は今後その生業たる山稼業につくことを得なくなつたから、現在二十五才の男子たる原告は、当該年令の男子の平均寿命が六十七年であることからして、少くとも満六十四才までの山稼業による収益、即ち原告の従来の一日の山稼労賃金六百円、一箇月の平均稼働日数二十五日を基準として積算した金七十萬二千円を喪失するのやむなきに立ち到り、また(2)前記治療のため入院費、医料費その他これに附随する人件費用等合計金六萬千百三十円を支出した。

五、よつて原告は被告等に対して前記被告等の所為によつて原告が蒙つた損害の内金百萬円とこれに対する被告等の不法行為のあつた日の翌日である昭和三十年八月十七日からその支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四、被告等の答弁

一、原告主張の第一項の事実は認める。

二、原告主張の第二項の事実と第三項(1)の事実とは否認する。

三、原告主張の第三項(2)の事実と第四項の事実とは知らない。

第五、証拠(省略)

理由

一、原告主張の第一項の事実は当事者間に争がない。

二、そこで原告主張の第二項の事実について判断する。証人宇井弘文、原告本人(一部)、被告平勤本人(一部)の尋問を綜合すると、昭和三十年八月十六日午後十時頃、原告は当夜他から借用していた懐中電燈が故障のためつかなくなつたので、被告重寿が何事にも器用なのを思い出し、同人にその修繕方を依頼しようと、被告藤次郎方をおとずれたが、その折これより少し前に道路上で酔余ねていた原告からその所持していた出刃庖丁を示された上ついてやると言われたことのある被告勤が右電燈の修理について原告と問答をするうち、原告が「文句をいうな、文句をいうとつくぞ」と言つて前記の庖丁をとり出したので、被告勤は原告の庖丁を握つていた腕をつかみ、ここに原告と被告とは殴り合いとなり、次いで被告藤次郎が原告からその所持していた庖丁をとりあげ、その後被告やすが原告に対して背后からその上体を羽交締にした上、被告藤次郎、同勤が、原告において「懐中電燈を直してもらいに来たのに何で殴るか話をすればわかる」と言つたにかかわらず、原告の顔部頭部を手拳で殴打し、続いて同所に来合わせた被告重寿においても又原告を殴打し、右殴打は前後四、五十回位の回数であつた事実、換言すれば、その動機事情はともかくとし、また原告において出刃庖丁を示したこと等責めらるべき点があつたにせよ。原告から被告藤次郎が該庖丁を取上げてから後においては、原告の制止があつたにもかかわらず、以上のような被告四名の共同による羽交締や数十回にわたる殴打等原告に対する暴行があり、かつ右は被告等の故意ないしは過失に基くものであることが認められ、原被告各本人尋問中右認定に反する部分はこれを措信しない。なお甲第五号証は原告の供述をその記載内容とするもので右認定に反する部分は措信しがたく、乙第一号証は訴起状であつて該証記載の公訴事実は右認定を妨げるものでなく他に右認定を左右するに足るものはない。よつて原告の主張は右の限度においてこれを是認し得る。

三、そこで原告主張の第三項の事実について判断する。

原告本人尋問の結果中には原告主張のような原告失明に関する部分があるが、証人丸尾光、同平勝の各証言に対比しこれを措信しない。しかしながら証人丸尾光の証言によりその成立を認めるに足る甲第一号証の一、二、証人丸尾光の証言、並びに原告本人尋問の結果(ただし前記措信しない部分を除く)に徴すると、原告は被告等の暴行(ただし前記認定の範囲内)によつて、当時口腔内に治療十日間位を要する切創を負い又昏倒しそうになつたばかりでなく、前房出血結膜下出血並びに虹彩前面と硝子体の出血を伴う左眼打撲傷をうけ、その症状は眼圧が二十五粍ないし三十粍、視力が僅かに光を感じ得る程度で絶対安静を要し前房剪刺手術を施さねば失明する状態にあつたこと、その後原告は新宮市民病院で診察を仰ぎ次いで同市登坂丸尾眼科病院に入院ないし通院して治療をうけたが、左眼視力は裸眼で〇、〇五近視四十度の矯正視力によつて〇、二となり、後貽症として外傷性散瞳及び前房一粍の眼圧、正常上眼瞼挙上にやや不全をのこして現在に至つていることを認めることができ右認定を左右するに足る証拠はない。よつて原告の本主張は右の限度においてのみこれを是認し得る。

四、そこで原告主張の第四項について逐次判断する。

(a)  原告主張(1)(イ)について。原告本人尋問の結果中本主張に副う原告が生涯の失明者となつたとの部分の措信しがたいこと、前段認定の通りであるばかりでなく、前段認定の諸事実並びに証人丸尾光の証言に徴すると、原告の受傷の程度は前記認定の範囲内に止まり一生失明の憂目を見る不具者となつたものとはなしがたい。

ただ原告の本主張は、前記認定の被告等の傷害行為にもとずく原告のあらゆる精神的損害の賠償を求める趣旨と解するのが相当であるから、この観点に立つて考えるのに、前記認定の諸事実と証人丸尾光の証言を綜合すると、原告が相当長期間普通健康者と異る低度の視力を以て生活せねばならず、このことはその限度においてではあるが原告に精神上の苦痛を伴わしめるものであること、を認めることができ、証人平勝の証言中認定に反する部分は措信しがたい。右事実関係に徴し当裁判所は、原告の該精神的損害は金三萬円の支払を得て満足さるべきが相当と解する。

(b)  原告主張(1)(ロ)について。

証人宇井弘文並びに原告本人各尋問の結果に徴すると、原告は山稼を生業とするものであり、かつその外に生計を立てる途のないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は被告等の傷害行為に基く失明のため一生涯山稼業につき得ないと主張するが、該主張の前提たる失明の点については、そのしからざること前記認定の通りである。

そうだとすると問題は原告が山稼業に現在つき得ないか、又その状態が何時まで継続するかの点(けだし原告の本主張はかかる主張を含むものと解すべきであるから)であるが、この点については、証人宇井弘文並びに原告本人各尋問(ただし原告本人については前記失明につき措信しない部分を除く)の結果に徴すると、原告が当分の間傷害をうけたことにより山稼業につき得ないことが認められ、証人平勝の証言も右認定を覆すに足らず他に右認定を左右するに足るものはないけれども、原告の立証(ただし原告本人の尋問の結果中前記失明の点につき措信しない部分を除く)を以てしては、原告の年齢の男子の平均寿命が何才であるにせよ、原告が満六十四才まで山稼業につき得ないことを証するに足るものがないばかりでなく、原告が何時まで山稼業につき得ないのかの点を証するに足るものもなく、却つて証人丸尾光の証言によると或る期間を経過すれば、山稼業といえども必ずしも原告の就業を困難でないことが推認せられないわけではない。

もつとも原告の本主張には被告等よりの受傷により現在までに原告が得べかりし収益の喪失についての主張を含むと解すべきであり、この観点に立つて考えてみるのに、証人宇井弘文の証言並びに原告本人尋問の結果に徴すると、原告が前記認定日時に前記認定の傷害をうけてから現在までは山稼業につき得なかつたことが認められ、該認定を左右するに足るものはないところ、原告本人(一部)被告平勤本人各尋問の結果によると、原告の一日の山稼労賃は六百円、一箇月の平均稼働日数は十日であつたことが認められ、被告平勤本人尋問の結果と比照し証人宇井弘文並びに原告本人各尋問の結果中右認定に反する稼働日数に関する部分はこれを措信しがたい。してみると原告は月平均労賃金六千円、傷害を受けた時より本件口頭弁論終結時までの一年五箇月九日(平均稼働日数であるから右九日は三分の一箇月とみなしてよい)を基準として計算した金十萬四千円の収益を前記認定の傷害により喪失したものというべく、原告の本主張はこの限度においてこれを是認することができる。

(c)  原告の主張(2)について

証人丸尾光の証言によりその成立を認めるに足る甲第二号証の一ないし九、原告本人尋問の結果に徴しその成立を認めるに足る甲第二号証の十、証人丸尾光及び同宇井志まのの各証言、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告が前記傷害を丸尾眼科病院に入院ないし通院の上治療するのに、治療費入院費等として金一萬七千八百九十円を支払つたこと、原告右丸尾眼科病院で治療をうけるため肩書住居地から新宮市に来たり同市新宮相筋二四八番地宇井志まの方に宿泊し、同人に対し該宿泊費及び賄費として金三萬五千七百六十円を支払い、かつ新宮市に来たことのため旅費及雑費として金七千四百八十円を要した事実を認めることができ右認定を左右するに足るものはない。

しかしながら、右賄費とは原告の受傷の有無にかかわらず通常生活において原告の負担すべき食費を指称するのが一般公知の事実であるところ、原告は治療のため特にこれを要したとのいわゆる特別因果関係につきなんらの立証をしないし、他面原告の全立証を以てしても幾何が賄費であり幾何が宿泊費であるかその区別数額等を証するものがないから、結局原告の本主張中宿泊費及び賄費は原告の損害としてこれを認めることができない。

(d)  してみると原告主張の第四項の事実については、結局金三萬円に相当する精神的損害、金十萬四千円の収益の喪失、金一萬七千八百九十円の治療費等の支出、金七千四百八十円の旅費及び諸雑費の支出を主張する限度においてのみこれを是認することができる。

五、よつて原告の本訴請求中被告等に対し合同して計金十五萬九千三百七十円及びこれに対する前記認定の被告等の傷害行為のあつた日の翌日である昭和三十年八月十七日からその支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はその理由があるが、爾余の部分はその理由なきものというべく、右理由ある部分は正当としてこれを認容し、爾余の部分は失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条、第九十三条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 鈴木辰行)

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